でも昔は蛇口が大好きだった
実家の風呂にある蛇口は普通より大きなタイプで映る面積がでかいから
物心ついた頃からいつもいつも歪んだ顔を見て楽しんでいた
目を巨大化させたり、七福神みたいに額を伸ばしたり
歪んだ顔はちょっと怖いなと思いながらも、湯船に浸かるといつもそれ
その習慣は高校生になり実家を出るまで続いた
それこそとり憑かれたように遊んだがいつまでも飽きなかった
実家から出て数年、昔から続けていた習慣であるにも関わらず
帰省してもそんな記憶すっかりなくしていたのだが
この前実家に帰って風呂に浸かっていたらふとその遊びを思い出した
昔と顔形も変わったよなあと蛇口に顔を向けた
映った顔は歪んでいなかった
ギョッとした
そうだ、うちの家の蛇口はでかいんだ
普通の蛇口と違ってそんなに歪んで映るわけがない
なぜ、じゃあ今まで俺が遊んでいたあれは何なんだ何だったんだ
思わずわわわあああああ!!みたいな声をあげながらお湯を両手でバシャバシャとやった
なぜか風呂から飛び出す選択肢は浮かばなかった
ひとしきり潜ったり暴れたりしたあと顔を拭い蛇口見た
顔は歪んでいた
当たり前だ、蛇口はいくら大型でも円筒形をしているんだ
顔は歪んで映るに決まってる
さっきと見てる場所が違うのか…いや同じだ
さっきより冷静だった
冷静に原理を解明しようとしたが無駄だった
もう暴れたりしなかった
本当に血の気が引いてクラクラした
それ以来蛇口が怖くてたまらなくなった
蛇口をふと見た瞬間全く歪んでいない表情の無い自分の顔が
映るかもしれないと思うと今でも背筋が凍る