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第862話 若幸丸

20 :1/2 :2006/09/05(火) 11:48:10 ID:jgkMJ+T90
去年のお盆の話。母方の祖父母の家は三重県の海沿いにある。
祖父は漁師で、彼の漁船で海水浴に連れていってもらうのが
自分を含めた親戚一同の楽しみだ。

去年の祖父の船はエンジンの調子が悪かった。海上で何度も
エンストし、そのたびに祖父自身が直していた。

ある日の海水浴の帰りにまたエンストした。今度ばかりは
修理もできず、祖父も困っていた。親戚の子は船酔いで泣いていた。

みな、携帯は家に置いてきていたし、船に無線があるわけでなく
ちょっとした遭難のようなものだった。お盆で漁に出てる船も少ない。
ところが、エンジンがとまって20分後、同じくらいの大きさの船が
通りかかった。白い船体にところどころペパーミントグリーンの
塗装がほどこされた漁船で、30代後半の男と、坊主頭にハチマキをした
初老の男が乗っていた。

22 :2/2 :2006/09/05(火) 12:01:56 ID:jgkMJ+T90
自分たちを追い越していこうとするその船に、祖父は手をふって
叫んだ。船尾に「若幸丸」と書かれたその漁船は、スピードを緩めて
横付けしてきた。「どうした」初老の男の問いに、祖父は事情を話し、
自分の船着き場まで引っぱってもらえないかと頼んだ。
男は快く引き受けてくれた。こういうとき、無償で助け合うのが
漁師の間の暗黙のルールだ。

若幸丸も大型船ではなかったので、いつもなら8分で戻れる距離を
30分ほどかけての航行だった。無事に船着き場に着いた際、
祖父はあとで礼をしたいから家を教えてくれと頼んだ。
小さな漁村内だ。そう遠くはないだろう。しかし、男は「かまへんよ」
と笑っていうと、そのまま無言だった30代の男に船を出させ、去っていった。

23 :3/2 :2006/09/05(火) 12:22:32 ID:jgkMJ+T90
帰宅後、留守番をしていた祖母に帰り際の出来事を話した。
祖母は義理と人情の人だ。お礼をしなければ気が済まない。
果物の1箱でも持っていきたいから、漁協の友人に調べてもらおう、
ということになった。どこの集落にも情報通はいるものだ。

漁協の友人に電話をかけて1時間ほどしたあと、その老人が
祖父の家を訪ねてきた。彼の話は不可解なものだった。
「若幸なんて船、ないで」彼は周辺一帯の船舶の登録名簿を
見ることができる人物だった。両隣の集落にも、その両隣の集落にも、
そのような名前の船は存在しないという。少なくとも、現在は。
彼の話はもう少し続く。彼や祖父母の生活する集落の隣の隣の隣に
位置する集落には、何年か前まで「若幸丸」という小型魚船が
登録されていたらしい。事情は分からないが、今では登録は抹消扱い
になっているとのことだった。つまり、それは廃船を意味している。
「もう少し遠い地域から来た船だったのかもしれない」そう言って
祖父の友人は帰っていった。でも、そんな船が何故、こんなローカルな
リアス式海岸沿いを走っていたというのかが分からない。祖父は言う。
だからそのとき、自分は思ったことを口にした。
「お盆で帰ってきた船だったのかもよ?」

25 :4/2 :2006/09/05(火) 12:29:30 ID:jgkMJ+T90
>>20 海坊主だったら今頃沈められとるわw
>>24 うは、見逃してw

自分の祖父母、オカルト肯定派なんですよ。祖母はタヌキに化かされたこと
あるって言うし、松阪・伊勢のスポットにも詳しいし。祖父は「人魂や
UFOなんて漁に出てれば当たり前や」って言うし。それに縁起かつぎ。

漁師ネタでもう一つ。

26 :5/2 :2006/09/05(火) 12:38:09 ID:jgkMJ+T90
漁師は海で土左衛門を見かけても引き上げちゃいけないんだって。
知らん顔してスルーして、あとで警察に知らせるらしい。

というのも、善意からの行動であっても、土左衛門を引き上げた船は
一家末代まで祟られて不漁続きの人生を送ることになる、という迷信が
存在するからなのだ。

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