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第1230話 山の神さん

576 :あなたのうしろに名無しさんが・・・ :03/07/30 15:21
俺がまだガキの頃、家の近所には深い森があった。
森の入り口付近は畑と墓場が点在する場所で、
畦道の脇にクヌギやクリの木に混じって
卒塔婆や苔むした無縁仏が乱雑に並んでいた。
その墓石の行列が途切れると、木々の間に森への入り口が
まるで洞窟の様にしてポッカリと口を開けているのである。小学校4年の夏休みも終わりに近付いた頃の話である。

その夏休みの間、俺は友人三人と毎日の様に
墓場を通りぬけ、森に分け入っては
カブトムシ採捕りと探検に明け暮れていた。
危険な場所であるから入ってはイケナイと
学校からも家族からも注意されてはいたが、
そんなものは溢れる好奇心に対する
何の抑止力にもなりはしなかったのである。

577 :あなたのうしろに名無しさんが・・・ :03/07/30 15:22
その日。八月にしては異様に涼しい日だった事を覚えている。森の手近な所を探検し尽くした俺達は、
誰が言い出したのか、今まで入った事のない、
山端へと続く森の最深部へ行こうという事になった。
生い茂る草を薙ぎ倒しながら、道無き道を突進した俺達は
やがて不思議な感じのする場所に出た。

そこは25Mプール程の広場で、
周りには巨木が何本も聳えていた。
巨木は競うように枝葉を伸ばし、
辺りは八月の昼間にもかかわらずやけに薄暗い。
天を覆い尽くすかの如く広がった葉の隙間の
僅かに覗いた青い空から、木漏れ日が落ちていた。
その木漏れ日が落ちる広場の地面は、
道も無い様な森の中だと言うのに、
まるで掃き清められた様に綺麗で、
雑草一本生えてはいない。

578 :あなたのうしろに名無しさんが・・・ :03/07/30 15:24
俺達は言い知れぬ恐怖を感じ、
誰からともなく帰ろうと言い出した。その時である。

今まで狂った様に鳴いていた蝉の声が突然止み、
世界から全ての音が消えた。
続いて視界から色彩が完全に失われ、
まるでモノクロームの映画を見ている様な状態になったのである。
慌てて友人の方を向くと、
彼らも呆然と立ち尽くしている。
後で聞いた話だが、彼らも俺と同じ様に音と色とが
完全に失われた状態であったらしい。

俺は焦りに焦った。
不安と恐怖でオカシクなりそうだった。
逃げよう。
そう考えたのは、暫く呆けた後だったと思うが、
いざそう考えると、今度は体が全く動かないのである。
足が二本の杭になって地面に突き刺さったかの様だった。

579 :あなたのうしろに名無しさんが・・・ :03/07/30 15:24
絶望に打ちのめされながらも、
なんとか体を動かそうともがいていると、
ふと、何かキラッ光るものが視界に入った。
金色に光る雪のような物が辺りを舞っていたのである。
色彩の失われた世界の中で、
その雪だけがキラキラと光っている。そしてその雪の中をライオン程の大きさをした金色の狐が、
木々の間から姿を現し、こちらに向かって来たのである。
狐は悠然とした足取りで広場を横切り、
俺達に気を留める様子もなく、また巨木の間の闇へと消えた。
その間僅か一分程の出来事だったと思うが、
俺には異様に長く感じられる一分だった。

狐が消えてしまうと、まるで何事も無かったかの様に
蝉が再び鳴き始め、視界にも鮮やかな晩夏の色が蘇った。
俺達はわけのわからない叫び声を揚げながら走り出した。

ススキや棘で体中傷だらけになりながら森を抜け出した時、
漸く俺達は助かったと思った。

580 :あなたのうしろに名無しさんが・・・ :03/07/30 15:25
に辿りついた後、体験した出来事を祖父に話すと、
祖父は
「それは山の神さんや」
と言い。そのあと少し怖い顔で、
「もう二度と行くな」
と続けた。祖父のイイツケを頑なに守った訳でもないが、
この話に後日談は何も無い。
後で行ってみたがそんな場所は無かったとか、
恐ろしい言い伝えが有った等の
胸のときめく様な話は一切無いのである。
俺達は会うたびにその話をしたし、
もう一度行ってみたい気持ちも無くは無かったのだが、
不思議ともうあの場所へ行く事は無かった。

やがて時は流れ。

ある年、森は突然消えた。
宅地造成で森は切り開かれ、貫くように大きな道が通った。
畑は潰されて、畦道はアスファルトに変わり、
墓場は纏めて別の場所に移されて、その上には
ペンション風の家が建っている。
狐狸だけが通った道を、自動車が行き交い、
俺達が狐を見たあの場所も
多分今はもう無い。

長文スマソ。

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